一人ぼっち国際学会:カズオ・イシグロの日の名残り、自分の生き様、エピローグ


よろしければシリーズとして読んでください
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学会から帰る道中で読んでみたかったKazuo IshiguroのRemains of the day(日の名残り)を読んだ。



入りこむのにちょっと時間がかかり、最初は自分には合わないかもしれないと思った。

しかし読み続けるうちに山奥の澄んだ川のような美しいストーリーの流れが感じられた。



主人公はイギリスの年配の執事。

彼は執事の鏡とも言えるほど忠実で、主のために自分のプライドや欲望を抑えてきた。

そしてそのことを誇りに思っていた。



主が旅行に行くタイミングで執事は初めての休みをもらった。

しかし旅をしているうちに、最高の執事を目指すことで犠牲にした恋愛、娯楽、家族との時間などは、果たして対価だったのか、と疑問を持ち始めた。

エンディングはジーンと体に染み渡るものがあった。

本を読み終えて初めて味わう感覚だった。



自分の人生でも今使っている時間は有意義なものなのか。

老人になったとき、この生き方、生き様でよかったと思えるのか。



人見知りでいることは自分にとっては楽しい生き方ではないということは確かだ。

自分の人見知りの思考回路をアンインストールしたいと考えさせられた。。。




帰りのフライトも行き同様に遅れが生じ、成田から地方への乗り継ぎのフライトに間に合わなかった。

航空会社からホテル券をいただき、成田空港の近くで一泊してから翌日のフライトに乗ることになった。



早く自分のベッドで寝たかったがしょうがない。



近くのホテルまでシャトルバスで行き、シャワーを浴びて、寝た。

翌朝、早く起きて成田空港行きのシャトルバスに乗った。



朝早かったのにけっこう人が乗っていた。



バスの中は通路をはさんで左右に2席ずつある。

一人でゆっくり座れる席はない。



後ろのほうまで歩き、自分の母親世代の女性に「ここに座っていいですか?」と聞いてみた。



彼女はコクンと何も言わずにうなずいた。

僕は座った。

静かそうな人だった。

僕は話しかけられるのが嫌だから、無意識に静かそうな人を選んだのかもしれない。



もちろん僕はこういうシチュエーションで隣の人に話しかけない。

目的地に着くまで迷惑をかけないよう、静かにしている。

そして相手に話しかけられないよう、目を閉じたり、イアホンを耳に入れたりする。



しかしこの時はなんかムズムズした。

学会で「話しかけよう、話しかけよう」と思っていた思考回路がオフになっておらず、隣のおばちゃんに話しかけてみたくなった。



なんと言えばいいのか。

成田空港に行くのであれば、どこかに行くのに違いない、と思い、「これからどちらに行かれるんですか?」と聞いてみた。



おばちゃんは少しびっくりしたようだった。

自分でもなぜこんな意味のない会話をしようとしているのか不思議だった。



おばちゃんはにこやかに「スイスに行きます」と答えた。




お、おもしれ~。



このおばちゃん、これから一人でスイスに行くのか?、と興味がそそられた。



彼女は子育ても終わり、親の介護も終え、自分がいつも行きたいと思っていたスイスでの山登りツアーに参加する予定だった。

彼女は初めての海外旅行に対してちょっと緊張気味のようだったが、スイスの壮大な山から見えるだろう景色に対する好奇心で目の奥は輝いていた。



人の中には常に恐怖心と好奇心が対抗しているのかもしれない。



人見知りの僕の場合、人に対する恐怖心が勝り、いつも逃げの体制になってしまう。



「僕のことを受け入れてもらえないかも。話しかけると迷惑かも。うまく話せないかも。」の恐怖が勝り、「この人と友達になれるかも。この人と話せば楽しいかも。この人と話せば視野が広がるかも。」などの好奇心は押しつぶされる。







今回の学会では似た研究をしている人同士の集まりということでいつもより他の人に対する好奇心が強かった。

恐怖心はいつも通り高かったが、鈴木あきえさんの本若林正泰さんの本を読んだりして少しは恐怖心を抑えることができた。

このおかげで学会中、何回か好奇心が恐怖心に勝る瞬間があり、人に話しかける勇気が芽生えた。



隣に座った普通そうなおばちゃんも、会話をしてみたらその人の生き方が見え、自分の生き方についても考えさせられた。



これからは普段の生活でも人見知りを抑えられるように、人に対する好奇心を育み、恐怖心を抑制していくことを心がけたい。



一歩ずつがんばっていくしかない。



研究と一緒か。




  

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