博士課程で人生終了!防衛線②「大学院で奨学金を借りる前のチェック事項」

2つ目の防衛線「奨学金を借り前のチェック事項」






2-1:お金を借り過ぎる


2-1-1平均的な博士過程在籍時の経済状況


私は日本では(少なくとも5年前より以前は)博士課程は教わる身なのだから、自分でお金を払って勉強させてもらう場所である、という考えが定着していたように思います。一方、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、一部のアジア諸国ではPhDは給料が出るというのが、少なくても理系では常識です。現在の日本における博士課程の学生の経済状況についてですが、まずは以下のデータをご覧ください。


JASSOの統計(H28)によれば、博士課程の支出の平均額は225万円です[a]。

支出内訳:
学費(授業料・修学費・通学費・等)
   682,100円
生活費(食費・家賃・保健衛生・その他)
   1,568,600円
合計        
   2,250,700円

それらの出費を何で賄っているかというと

収入内訳:
家庭からの給付   
   373,100円
奨学金       
   901,100円
アルバイト(TA・RA含む)
   711,500円
定職収入・その他  
   953,500円
合計        
   2,939,200円

ん?黒字?笑
詳しくは[a]をご覧になってください。奨学金の平均がおおよそ90万円となっており、5年間借りるとなると、450円になります。

「そんなの出世して返せる!」と思うかもしれませんが、年収500万のサラリーマンの手取りは377万ほどです。都内で未婚であれば家賃13万/月、水道光熱費3万/月、食費4万/月、ガソリン代1万/月、他にも自動車税、その他雑費などもあるのですが、とりあえず上記の費用だけでも、残り125万円なんですよ。交際費とか、自分の楽しみに使うお金を考えると、年間100万返済に使えたとしても4-5年かかります(家族がいたらまた状況は大きく変わりますが)。

何でこんな鬱データを見せるのかというと、お金を借りてはいけないというのではなく、想像しているよりも多く借りてしまった。借入額の大きさを理解しないで来てしまった。十分に給付型の奨学金について調べていないのに、すぐ返済型の奨学金に向かうという状況を避けてほしいと思ったからです。

a. JASSO平成28年度学生生活調査


2-1-2. お金がなくて、研究をあきらめてしまうのは勿体ない

奨学金返済のプレッシャーのため希望していた仕事をあきらめる:
博士課程を卒業する際に500万のローンがあるとします。これからの進路を考えるわけですが、500万のローンを抱えてどこまでリスキーな挑戦ができるでしょうか?翌月から毎月35000円を返済するとなると、お金のプレッシャーが重くのしかかってきます。そういう時に、給料の低いポスドクを続ける勇気は出てくるでしょうか?給料は高くないけど、自分が意義を感じる会社に入社することができるでしょうか?


何はともあれ応募できる給付奨学金を調べあげる:現状日本の大学ではお金をもらえるプログラムは限られています。しかし、だからといってそれらを利用しない手はありませんし、実は他にも沢山機会があるんですよ![1,2]確かに競争率は高いです。でももしあなたが、競争率の高さに躊躇しているのであれば、以下の引用を紹介したいと思います。

”ラテン語に、「Audaces fortuna iuvat(運命は勇気あるものを助ける)」ということわざがある。...(略)...広告に目がとまり、そこに載っているフェローシップ、インターンシップ、ポストなどが、とても魅力的に感じられることがある。しかし、読んでみると、競争率が高く、競争を突破できる可能性が極めて低いことに気づかされる...(略)...こういう場合、私たちのまわりの多くの人たちは、やってみることもなくあきらめてしまう。...(略)...そういう状況に遭遇したとすれば、私たちは、確率が低くても挑戦してみることを強くお薦めしたい。...(略)...最悪の場合でも、選考にもれるだけのことである。つまり、状況はもとのままなわけで、悪くなるわけではない。”(科学者として生き残る方法, 日系BP, p99-100)

書類を準備する際には、実際に助成金にコンタクトを取ったり、受け入れ研究室に訪問してみたり、推薦状を書いてもらう必要があります。

それらは面倒ではありますが、きっと相乗効果があります。推薦状を書いてもらえば、あなたが博士課程進学を希望していることがその人に伝わりますし、受け入れ研究室の教授とコンタクトを取れば、その研究室では受け入れてもらえなくても、他の良い研究室を紹介してもらえるかもしれません。また、給付型の奨学金を貰えなくても、公開されていなかった好条件のティーチングアシスタントの機会などを紹介してもらえるかもしれません。勇気を出して意思表示をすることによって、意外と幸運が舞い降りることもあります。

そして何より、それらの申請書を書くことにより、作文のトレーニングができるということは、むしろ贅沢と思ってください。日本の教育課程で作文のトレーニングってあまりないんですよ。学生として勝つための作文のトレーニングができるっていうのは、大きなメリットです。しかも下手でも先生に見てもらい、アドバイスを貰えるのです。私も学部の時からドシドシ奨学金とかエッセイコンテストに応募しておけばよかったと本気で思います。

2-1-3. なるべく時間のかからないプログラムを選ぶ

博士課程でもし給与が期待できないのであれば、"なるべく"時間のかからないプログラムを選ぶべきと思います(絶対にではない)。例えば同じ生物を研究するにしても、理学部と医学部では卒業にかかる年数が違ったりします。理学部では修士2年博士3年というケースが多いですが、医学部では修士2年博士4年がよくあります。また卒業要件に論文の数が提示されているのであれば、できる限り少ないプログラムをお勧めします。中には3本とか分野によっては非現実的な数が提示されている大学もあります。私は個人的には1本が妥当だと思います。これは研究という活動をコストと捉えるような話ではなく、質の低い3本であれば、質の高い1本の方が価値があると思いますし、1本書けば出られるという心理的な要素も結構重要です。

あえて"なるべく"そうすべき、と申し上げたのは、例え長いプログラムでも、その価値があるというケースは存在するからです。博士課程に行くのであれば、純粋な興味の種になるべくカバーをかけないでいることも大事だと思います。人生を金銭的価値に変換してしまうのは、時に無意味だったりもします。



2-2:お金を借りるなら、しっかりとその先を見据える


2-2-1. 返済型の奨学金を借りるなら、考慮しておくべきこと

色々お金のことを挙げてゲンナリしてしまう人もいると思います。若干夢のない話ではありますが、博士課程卒業後にお金になる職業につきやすい場合は奨学金をがっつり借りても問題ないかもしれません。例えば今でいえばディープラーニングを専門にしている人であれば、博士課程でお金をかりてもすぐ返せるようなIT企業は結構あると思います。製薬企業でもメディカルアフェアーズなどハイクラスなポジションであればわりとすぐに返済可能かもしれません。博士課程の内部収益率・私的収益率は5-10%程であるという興味深いデータ[3,4]もあります。しかし一方で、データは在学中の収益を年間100万から300万のマイナスを仮定しているため、もしそれを大幅に超える負債を抱えるのであれば別です。あくまで博士課程をお金に換算できる「投資」と、捉えるのであれば、こういった見方もできるという一例です。

2-2:まとめ

博士課程の5年という期間は、世の中をガラッと変えてしまうには十分すぎる長さです。今AIが流行しているからと言って、5年後に流行しているとは限らない。また、今全く見向きもされていなかったことが注目を浴びることもある。すぐ役に立つ物は、すぐに役に立たなくなったりします。難しいんですよね。過去の文献[3,4]をみても、博士課程が金銭的な価値と等価交換することが難しいと感じます。単純に年収で考えると、投資効率としては修士課程が一番効率が良いです[3,4]。しかし、例え薄給、無給でも、会社で過ごすのではなく、研究機関で勉強して過ごすことが出来るのは贅沢ともいえます。「いい年こいてるのに学生ですか?」と言われるのは半分本気で諭しているのかもしれませんし、一方で「そんな悠々自適に暮らせて憎らしいですね」という意味が背後に隠れているかもしれません

自分の選ぶ分野がこの先どこへ向かうのか考えながら、それでも博士課程に行ってみたいと判断できれば奨学金を借りるも良し。お金を借りることの人生における不利益を避けるべきと判断するのであれば、給付型奨学金の獲得を条件として自分自身に課しても良いと思います。

ちなみに私(タヌキ)は奨学金を2年ほど借りて「これは将来マズイことになる」と思い、海外留学OR国内の給付型プログラムに受からなかったら完全に撤退しようと決めました。これはまた極端ではありましたが、結果自分のモチベーションを上げる効果があったので一つの考え方としてはアリなのかもしれません。

お金にとらわれ過ぎて、本当はやりたかったのに諦める、というのもそれはまた勿体ない話でもあります。先ほども述べたように、勉強して過ごすことができるというのは中々の贅沢です。私もある程度お金にこだわって進路選択をしたわけですが、投資とか難しい話ではなく、「諦めるボーダー」を明確に決めることが当時の自分にとって、精神安定のために必要だったのだと思います。


以上今回はお金についてでした!次回は最終章:能力がダウンする5年間を過ごすな!です。


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